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レイ・デイヴィス、ローディーになる
by U. Furukuni
レイ・デイヴィス、ローディーになる

Kinks

レイ・デイヴィス
デイヴ・デイヴィス
ミック・エイヴォリー
ピート・クワイフ

(右端がレイ)


IBMのコマーシャルBGMに心ざわめいた。「あれ?この曲誰だっけ?」聴いたことがあるのに、なかなかバンド名とタイトルが出てこない。右脳なのか左脳 なのか分からんが、全く働かないではないか!もやもやした気持ちを持続したくなく、インターネット検索でGo!即解決しましたよ、キンクスの 『I’m Not Like Everybody Else』 (邦題「僕はうぬぼれ屋」←この邦題、何かニュアンス違いません?)である。「IBMのサイト」で は「キンクスの知らざれる名曲」と紹介されているが、ミュージシャンにもファンが多いのか、Camper Van Beethoven、Boss Hog、Television Parsonalitiesなどがこの曲をカバーしている。キンクスは心に染みる名曲が多い。『Waterloo Sunset』『Nothin’In The World Can Stop Me Worring’ ‘Bout That Girl』 は大好きだ。『Waterloo Sunset』 はいつ聴いても、うるうるしてしまう。メロディーもさることながら、歌詞が素晴らしい。テムズ川、ウォータルー駅、そこを行きかう人々が目にする情景。「友達がいなくてもウォータルーの夕陽を眺めていれば天国」なんて、よくいったもんです。私が見たロンドンも、この曲と共に思い出がよみがえる。キンクスは60年代のどのバンドより、ロンドンが日常だったのかもしれない。まぁ、70年代後半には音楽的新境地を求め、ロンドンからニューヨークに渡った時期もありましたが…。だけど日本じゃ余り知られておらず、信じられないことに82年の日本公演以降、再来日をしてない(はず)。彼たちの音楽的影響力を考えると、もっと評価されてもいいバンドなのに。


そのキンクスで、ロンドンの知り合いから面白い話を聞いた。ロンドンのケンティッシュ・タウンに「ブル&ゲイト」Bull & Gateと いう名物ヴェニューがあるのだが(ミュージシャンからも愛されているライヴハウス)、そこでレイ・デイヴィスを見かけたと言うのだ。彼女は「何でここにいるの?!」と興奮、彼の存在が気になりつつも、バンドのライヴに目を戻した。そりゃそうだ、これが本来の目的だもの(笑)。 しかし彼女も音楽人間、ライヴ終了後、「レイ・デイヴィスは何処?」とヴェニューを見廻すと、目を疑っちゃうことに…、たった今プレイしたバンドの楽器を運んでいるではないか…。彼女はその光景に失神しそうになったらしい。だってキンクスのレイ・デイヴィスよ!『Waterloo Sunset』を書いた人よ!ちょっとやそっとじゃ、人の意見なんて聞かない人物よ!その彼が何で楽器運んじゃうわけ?その答えは…、何とも微笑ましいのであるが、彼の娘がバンド・メンバーだったのだ。子煩悩のパパは、ローディ役を買って出たのだろう。有名人なのにさりげなくローディしちゃうなんて、さすがレイ・デイヴィス!私も一目その姿を見たかった!


レイ・デイヴィス・ソロ 従来のシングルコレクションに
IBMのCMソングを
加えた企画盤


でもレイ・デイヴィスって不思議なのだ。歌詞なんか読むと、いかにもイギリス人っぽい偏屈な印象だけど、(彼から見たら)若いバンドの音楽にもオープンマインドで、関心を抱いているらしい。以前、ナダサーフがロンドンでライヴを行った際、レイ・デイヴィスが楽屋を訪れたと言う。バンドのドラマー、Iraと懇意らしいのだが、その交流から伝説のミュージシャンに足を運んでもらえるとは、ナダサーフもバンド冥利につきるぜぃ。私はたまたま彼たちと話す機会があり、シンガーのマシューが「さっきまで、レイ・デイヴィスがいたんだよ!もう彼に会えてなんて最高だよ!」ええ?さっきまでここにいたの?私も会いたかったぁ!!!なんという時間差攻撃!!残念でしたなぁ。


そうそう、ピータ・バラカンがロンドンで一番長く住んでいたのがマスウェル・ヒルとのこと。1963年にそこに引っ越し、学校のクラスメートの姉さんが、当時レイ・デイヴィスと付き合っていたらしい(笑)。レコードも買ってあげてくれ!と頼まれたそう。何とも時代を感じます。


ちなみに、今、カラオケでは 『Waterloo Sunset』 歌えます。この歌でロンドン気分を味わおう。



2006-10-15

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