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| by U. Furukuni | |||||
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The Picture of Truman Capote 1959年11月14日、米カンザス州ホロカムで起こった一家惨殺事件。トルーマン・カポーティはこの凄惨な犯行を綿密に取材、2人の犯人が絞首台に立つまでを追ったノンフィクション・ノベル『冷血』(原題『In Cold Blood』)を書き上げた。凄みあるタイトル、題材に惹かれ、常時、私の読みたいリスト上位にランクされていたが、なかなか手に取ることはなかった。その機会が訪れたのはオランダに滞在した時である。かれこれ10年前の話だ。古本屋に足を踏み入れると、原書のペーパーバックが目に留まり購入、約200円という安さ。本を開くと、文字数の多さに動揺はあったが(笑)、描かれた人物たちのディティールに圧倒され半端ではない集中力で読了、飽きっぽい私が原書で読了した初めての本となった。ちなみにペーパーバックには「First Printing, August, 1966」とプリントされている。ハードカバー先行発売で、追ってペーパーバック化されたのであるが、この「初版」という響き、個人的に好きです(笑)。 そして…9月30日、映画『カポーティ』日本公開。82年前のこの日、彼はこの世に生まれた。粋な計らいなのか、偶然なのか…。生きていた頃のカポーティは、どのように自分の誕生日を祝っていたのだろう…。 『冷血』のためカポーティが費やした歳月、そしてノンフィクション・ノベルという新しいジャンルを開拓し、向い合った精神的苦悩とは何であったのか?映画は『冷血』完成までの実話を基に展開しているのだが、ストーリーが進むにつれ、ある感情が芽生えてきた。―人を利用することで名声を得るのは悪なのか?― 何とも釈然としない善悪説に心傾く。死刑判決が出た犯人の為、敏腕弁護士を雇うカポーティに、作家で恋人のジャック・ダンフィーは「自分のためだろ?」と言い放つ。この作品を仕上げるには、まだ犯人に死なれては困るのだ。野心のために上辺だけの善意で人の心を操り、思い通りにならないと苛立ちを見せる人気作家。この姿に、自分の中にも存在しうる心の闇がよぎった。これは天才も凡人も関係なく誰もが持ちえるわけで、どのように闇を操るかにより、人間の価値観に影響を与えるのかもしれない。ペリー・スミスに決して幸福とは言えない生い立ちを語るカポーティ。ペリーから徐々に信頼を得たカポーティであるが、この惨殺事件の核心部分をペリーが黙秘し続けたことで、カポーティにも焦りが見え始める。ここからカポーティが抱える混沌とした葛藤は、エゴの肥大と共に、犯人同様、彼をも冷血にしていくのである…。 輝く才能を駆使し、取り巻きに囲まれ、社交界の中心的存在であったカポーティ。ゴシップには事欠かさない生活は、当然、刺激があっただろう。しかし、どこか空虚さを感じさせるその世界は、彼が生きる上で、決して離すことの出来なかったセキュリティだったのかもしれない。何よりも自分のエゴに、芸術に、忠実に生きたカポーティは、己の予想通り、この作品で不動の地位を築いた。しかし『冷血』以降、作家として大きな呪縛から逃れることなく、作品は全てが未完成、酒や薬物に溺れた晩年となった。 映画でもネル・ハーパー・リーとジャック・ダンフィーの存在は大きいのであるが、ペーパーバックをめくると、こう記述がある。 「FOR Jack Dunphy AND Harper Lee WITH MY LOVE AND GRATITUDE」 ネル・ハーパー・リーとカポーティの対比的な人間性、彼女は「善の象徴」として、強い印象を映画に残している。二人は幼なじみで、カポーティの依頼で事件に同行、様々なサポートを担ったわけだが、彼女がホロカム一家惨殺事件で見たもの、とりわけカポーティを通して遭遇したものは何だったのだろう。ネル・ハーパー・リーはカポーティが『冷血』を完成する前に『アラバマ物語』(原題:To Kill A Mockingbird)を発行、これがベストセラーとなり、時の人になった。 彼女はカポーティを精神的に支え、彼の心の闇を一番理解していた人物なのかもしれない。だからこそ、彼に対していつも正直でいる。ジャック・ダンフィーには「トルーマンは自分が大好きなの(Truman loves Truman)」と笑い、犯人の絞首刑後、カポーティが「助けてあげることが出来なかった…」と電話で悲嘆にくれると、「あなたは出来なかった。そうしなかったのよ」と、ぴしゃりと言い放つ。彼女の強さは、カポーティにも存在しうる「良心」というものに、多少なりともバランスを与えていたのかもしれない。 『アラバマ物語』発行後、彼女は表舞台に現れることなく、執筆活動に専念したという。 さて、話を俳優に移そう。映画の最功労者、フィリップ・シーモア・ホフマンがアカデミー主演男優賞を受賞。それはこの映画を見れば、誰もが納得するだろう。映画を観る前、私はカポーティの肉声を聞いたことはなかった。が、先日、在りし日のカポーティがテレビに映っており愕然。ホフマンはカポーティの独特 の話し方、仕草、全て研究し、カポーティ自身になりきっていた。役者とはなんぞや、役者という言葉は誰のためにあるのか、彼を見れば答えがすぐに出る。また脇を固めたネル・ハーパー・リー役のキャサリン・キーナー、もうハンサム・ウーマン!ドキドキするほどかっこいい!あのハスキーな声が渋くてねぇ。大好きな女優である。そしてアルヴィン・デューイ保安官役のクリス・クーパーの鋭い眼光。いやぁ、惚れ惚れします。ホフマンはこの映画で製作総指揮にも名を連ねているが、エンドロールのスペシャル・サンクスで、盟友ポール・トーマス・アンダーソン(映画監督。作品は『ブギーナイツ』『マグノリア』等。これらの作品にはフィリップ・シーモア・ホフマンも出演している)の名前を見つけニヤリ。才能ある2人が一緒にいるところを想像しただけで…、妙に興奮してしまったのは私だけではあるまい。 久々に、重厚な映画らしい映画を観た。当時のファッションも、時代背景も興味深く描かれており、サウンドエフェクトやコンピュータなんかに頼らない役者ありきの映画。そして…、オープニングで映し出されたカンザス州ホロカムの風景、周りには何もなく、暗く、殺伐としたその土地は、私が想像していた通りであった。原書でも、当時のカンザスを感じることができる。今はどのようになっているのだろう。 私は今、カポーティの長編処女作『遠い声 遠い部屋』を再び読み始めている。 |
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